
この大地は、燃えていた。
亀裂から噴き出すマグマ。空には火の粉が舞い、赤く染まった蓮のような花が咲き乱れる。人は「灼熱の花園」と呼ぶが、そこに足を踏み入れた者の多くは、二度と戻らなかった。
そんな地に、一人の男が現れた。
名前はゴウ。
酒好きで知られた放浪の鍛冶屋や。
「なんや、ええ匂いすんなぁ……」
焦げた空気を吸い込みながら、ゴウは唇をなめた。手にはいつもの皮袋。中身は、旅先で手に入れた“火酒”――炎の中で熟成される、伝説級の蒸留酒や。
一歩、また一歩。
赤く燃える花の間を縫うように、ゴウは歩いた。
「……こら、堪らん。ここで一杯いっとこか」
岩に腰掛けると、皮袋からとくとくと酒を注ぎ、グッと飲み干す。
その瞬間、目の前の世界がゆらめいた。

地面のひび割れから吹き上がる蒸気が、まるで踊ってるみたいやった。火花が蓮の花びらに降り注ぐたび、花は赤く光り、まるで笑ってるようにさえ見えた。
「なんや……この酒、めっちゃうまいやんけ……」
けどそれは、ただの酒の味やなかった。
酒が脳の“快楽スイッチ”を押し、理性のブレーキを外してもうてたんや。
そう、この花園に棲む魔性の正体は――“酔い”そのもの。
ゴウの頭の中では、「もう一杯いっとこか」「今日はいける気がする」っちゅう声が、ぐるぐる回っていた。飲めば飲むほど気持ちよくなる、けど、それは坂道を転げ落ちるのと同じことやった。
「うぉ……ちょ、ちょっと飲みすぎたか……」
目の前がぐるぐる回る。花が笑ってる。空が歪む。

気づけば、ゴウの前に――一羽の炎の鳥が舞い降りた。
神話の不死鳥・フェニックス。
その尾羽は青く、目玉模様が光るたび、世界の真理を映すと言われていた。
「ゴウよ……」
フェニックスは語りかける。
「お前の肝臓は、いま過労死寸前だ。」
「な、なんやと……? たかが酒、されど酒や。ええ気分になってるだけやろ……」
「違う。今のお前は、自分の“理性”を酔いで塗りつぶしとるだけだ。」
その言葉に、ゴウはぎくりとした。
脳の奥底に潜んでいた“ブレーキ”が、一瞬だけ戻ってきた気がした。
だがその時、地面が大きく揺れ、地の底から巨大な影が現れた。

――炎の竜。
マグマとともに生まれし、破壊と再生の象徴。
竜は空へと咆哮し、その炎が空を裂いた。
「やば……飲みすぎると、ほんまにこんなん出てくるんか……」
ゴウはふらふらと立ち上がり、フェニックスに叫んだ。
「どうしたらええんや!? もう、止まらへんのや!」
フェニックスは静かに言った。
「一度、己の“内なる花園”を見つめ直せ。
“酒がうまい”と感じたとき、それは『脳が快楽に支配されたサイン』
気づいたときが、戻るチャンスだ。」
ゴウは胸に手を当てた。
そこには、じんわりとした熱があった。
それは酔いの熱やなくて、肝臓が懸命に働いている証やった。
「……そっか。俺、めちゃくちゃ働かせとったんやな……」
地面の亀裂が広がり、竜が迫る中――
ゴウは最後の一滴を地に捧げ、こう言った。
「ありがとうな、火酒よ。お前は悪くない。悪いんは、調子乗ったワシや」
その瞬間、空から光が差し込んだ。
赤い花々がゆっくりと閉じ、地の竜は静かに沈んでいった。
フェニックスもまた、空へ舞い戻る。
炎の花園は、まるで幻のように消えていった。
──そして現実世界。
ゴウは町の居酒屋で、目を覚ました。
「うわっ……めっちゃ寝てもた……。え、あれ夢かいな……?」
カウンターの前には、飲みかけの火酒と、お冷のグラス。
ゴウは苦笑して、それを手に取った。
「……よっしゃ、今日はここまでや。肝臓、休ませたらなな」
そうつぶやいて、ゴウは静かに席を立った。
背中に、赤い蓮の花が揺れる幻が、そっと重なった。

【あとがき】
お酒がうまく感じる理由は、「気分」や「脳の快楽」と強く結びついとる。
けどその裏には、肝臓の限界や、理性の麻痺が隠れてることもあるんやで。
この記事の元ネタとなった本『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』では、
そんな「酔いのしくみ」や「身体との付き合い方」を、科学的に教えてくれるで。
「酒が好き。でも、体も壊したくない」
そんな人は、この本、ぜひ読んでみてな!

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