翌日
「西村、昨日のミス、次から気をつけろよ。」
朝の業務ミーティングの後、狩峰はいつものように仕事の割り振りをしていた。
「……すみません。」
西村は小さく返事をする。狩峰は特にそれ以上何も言わず、次々とタスクを振り分けていく。
「来週のクライアント資料の作成、今日のうちに一通りチェックしておけ。」
「おい、お前のタスク、進捗どんな感じだ?」
「今日中に仕上げます。」
部下たちは次々と指示を受け、それぞれの業務に取り掛かる。
狩峰はデスクを回りながら部下の様子を確認していた。
ふと視線を向けると、西村の眉間にシワが寄っている。
(……こいつ、余裕なさそうだな。)
モニターに映るタスク管理ツールは未完了のマークで埋め尽くされている。
(……まぁ、昨日瀬乃に少し言われたしな。)
「おい西村。その仕事、俺がやっとく。」
「えっ? いいんですか?」
「さっさと他の仕事片付けろ。」
驚いたような顔をした西村が自分のデスクに戻っていく。
(なんか今日は優しいな。瀬乃さんのおかげか?)
西村は心の中でぼんやりと思いながら、資料をまとめ始める。
***
そんな中、狩峰はふと新人のデスクを覗いた。
「この前送ったやつはちゃんと使ってるか?」
新人は一瞬驚いたように顔を上げた後、少し緊張しながら頷いた。
「あっ、はい!おかげで……」
新人がそう言いかけたその瞬間——
「狩峰、すまん!」
上司が息を切らしながら部屋に入ってきた。
「急ぎの案件だ。お前のチームで対応してくれ。」
「……詳細を。」
「クライアントの要望変更で、特殊な分析が必要になった。お前たちのグループしか扱えないシステムだから、対応できるのはお前のグループだけだ。」
狩峰は受け取った資料をめくりながら、眉をひそめる。
「納期は?」
「3日後だ。」
「……無茶言うなよ。」
狩峰は苦笑しながらため息をつく。しかし、状況的に引き受けるしかない。
「了解しました。」
上司が部屋を出ると、狩峰はすぐに部下たちへ指示を出そうとした。だが——
「狩峰さん、それはさすがに……」
西村が渋い顔をしている。
「俺たち、もうギリギリですよ。今抱えてる仕事だけでもカツカツです。」
他の部下も同様の表情を浮かべている。普段は仕事を割り振れば何も言わずに動く彼らが、明らかに限界を迎えているのが分かった。
(……これはまずいな。)
狩峰自身は多少の余裕を持っているがさすがに一人でこなせる案件ではない。
狩峰は眉間に皺を寄せ、どうするべきか考え込んだ。
***
「何かトラブルですか?」
その時、ふと背後から声がした。
瀬乃だった。
「……いや、実はな。」
狩峰は手短に事情を説明した。瀬乃は資料に目を通すと、少し考え込むように視線を落とした。
「これ新人の頃に狩峰さんと一緒にやった案件と一緒ですね。」
「そういえばそうだな。」
「狩峰さん。この仕事、手伝わせてください。」
瀬乃の部下が困ったような顔をする。
「いや、瀬乃さん。うちも別の案件があるので、そんな余裕は……」
だが、瀬乃は軽くスマホを取り出した。
「ちょっと待ってて。クライアントに連絡して、納期を調整できるか確認する。」
「えっ?」
「もしもし、今大丈夫? うん、ちょっと相談があって……申し訳ないんだけど、例の案件の納期を3日くらい伸ばしてもらえない? うん、えっ、本当に? 1日なら大丈夫? ありがとう!助かる!」
瀬乃はスマホを耳から離し、狩峰の方を向いた。
「1日だけなら空けれられそうです。」
狩峰は少し驚いた表情を浮かべながら、「お前、今の電話は……」と尋ねる。
「ほら、時間ないから一緒に仕事の割り振り決めますよ。」
瀬乃は軽く笑いながら、さっさと仕事の段取りを進めようとする。
「お、おう。」
狩峰もそれに続く。
***
苦悶の表情で仕事の配分を決めている二人。
「どうしても人手が足りませんね。」
「そうだな・・・」
不意に、新人が近寄り声をかけてきた。
「あの……!」
狩峰は驚いたように新人を見る。
「どうした?」
「ぼ、僕も何か手伝えることありませんか?」
「お前、自分の仕事はもう終わったのか?」
「はい!先日狩峰さんがまとめてくださった資料のおかげで、今まで何が何だかわからなかった作業がスムーズに進むようになりました!」
狩峰は一瞬、呆気に取られたように新人を見つめた後、ふっと口元を緩めた。
「そうか……じゃあ、このデータの集計を頼めるか?」
「わかりました!」
新人は目を輝かせながら資料を受け取る。
瀬乃はその様子を見ながら、ふっと穏やかに微笑んだ。
——昔の自分を思い出すような表情で。
「……俺も。」
いつの間にか近くに来ていた西村がぽつりと呟いた。
「ん?」
「俺も手伝います。残業、増やすんで。」
狩峰が驚いたように眉を上げると、西村は少しばつが悪そうに視線をそらした。
「昨日、俺のミスでクライアントに迷惑かけた時……一緒に遅くまで残業して、フォローしてくれたじゃないですか。」
「ああ……そんなこともあったな。」
「だから、俺も手伝います。」
瀬乃はその光景を見ながら、小さく笑った。
(そっか……昨日の遅れは、そういうことだったんだ。昔からそういう人だよな、狩峰さんは。)
「こういう時、結局みんな手を貸したくなるのが、狩峰さんなんですよね。」
狩峰は鼻を鳴らしながら、手元の資料を指で弾いた。
「チッ……無理はするなよ。」
紫煙をくゆらせることなく、彼は改めてチームを見渡した。
こうして、狩峰のチームと瀬乃のチームが協力し、大きな案件に取り掛かることになったのだった。
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